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コンサート雑感

 日付タイトル
選択2009年04月12日新国立劇場 ワルキューレ
選択2008年10月13日新国立劇場 トゥランドット
選択2008年08月31日サイトウキネン 利口な女狐の物語
選択2008年07月26日パリ国立オペラ アリアーヌと青ひげ
選択2008年06月28日二期会 ナクソス島のアリアドネ
選択2008年06月21日日本フィルハーモニー 第601回 東京定期演奏会
選択2008年06月14日東京交響楽団 川崎名曲全集 第38回
選択2008年06月08日新国立劇場 椿姫
選択2008年05月31日日本フィルハーモニー 第600回 東京定期演奏会
選択2008年05月10日新国立劇場 軍人たち
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2008年10月13日
新国立劇場 トゥランドット

今シーズンの新国立劇場の開幕を飾るのはトゥランドット。
この作品は、いわゆる「ドーリア事件」との関連性について言われることが多い。
プッチーニの妻エルヴィーラに、プッチーニとの不倫を疑われて、服毒自殺をしたドーリアを、原作の登場人物には出てこないリューとして加えたと考えられている。
プッチーニはリューの自殺以降を作曲することが出来ずに亡くなってしまい、残りの部分をアルファーノが補筆した。
トゥランドットの演出を任せられた演出家なら、ドーリア事件を演出に絡められないかと考えるのではないだろうか。
今回の演出はプッチーニが作曲した部分を、ドーリア事件の劇中劇として、アルファーノ補筆部分をプッチーニとエリヴィーラの和解のプロセスとして描いた。
実際の事件でも、ドーリアの遺族に訴えられたエルヴィーラを、プッチーニが懸命に弁護をしたようで、気の多いと言われるプッチーニだが、奥さんは愛していたようだ。
その姿は、リューを死に追いやった冷酷なトゥランドットを、それでも愛したカラフとダブって見えないことはない。
良く考えたなとは思うが、台詞とは合っていないので、少し無理やりな感じはした。

幕が上がると舞台にはイタリアの広場が広がり、屋台が置かれている。
プッチーニやエルヴィーラを含む登場人物が三々五々現れるが、この段階では音楽も台詞も無く、衣装も普通の洋服だ。
そこに今回の演出の狂言回し、旅の道化師が現れ、プッチーニとエルヴィーラにトゥランドットの衣装を渡すと、有名な序奏が流れ、広場に集まったイタリア人たちが中国風の衣装に着替え始め、劇中劇が始まる。
劇中劇であることを強調するためか、最初に幕が開いてからは幕が下りない。
幕が終わると、登場人物たちがスゴスゴと舞台袖に下がっていく光景は新鮮で面白かったが、最後まで幕が下りないので拍手を止めるタイミングが掴めなかった。
その他、衣装もわざと安っぽく見える生地を使ったり、場末な雰囲気を出したり、とにかく劇中劇であることを強調し、観客が感情移入することを禁じるかのような演出だったのだが、それでもリューの死の場面が真に迫って聞こえるのは、プッチーニが自分自身の体験を血で書いたような生々しい作品だからなのか。

歌手もオーケストラも、なかなか良かった。
トゥランドットのイレーネ・テオリンも、カラフのヴァルテル・フラッカーロも、難しい役だけど、安心して聞いていられた。
リューの浜田理恵、ティムールの妻屋秀和も良かった。